主観と客観について考える
現代の科学は、客観的な事実を基にして成り立っているそうです。
治療の有効性を科学的根拠を示し、
傷病に対する整合性を求められます。
もし、科学が全てを解き明かしているなら、何も難しいことはありません。
同じような症状であっても、その治療が有効であるかどうか、やってみないとわかりません。
また、有効であっったとしても、
どの程度効果があったかは個人差があります。
有効か無効化なんてのは、そもそも比べるのが難しいものです。
どの程度の「差」を異常とみなすか?
その「物差し」を決めているのであって、
治す為のひとつの表現方法でしかないのです。
客観的指標が正常であったも、
本人が「異常である」と感じる症状は否定できないはずです。
主観を無視して、本当の治療、真の治療は言えません。異常と認識している人の言葉を直視せず、
治療するのは、「作業」になってしまいます。
しかし、主観に囚われ、全てを鵜呑みにしていいわけではありません。
「作業」でもない、「慰安」でもない心のこもった「治療」にするならば、
「客観」と「主観」の両方をバランスよく取り扱い、
しかも、「経験」という実践から得られた「智慧」が必要になると感じました。



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